
(C)北沢慶/グループSNE
『金と白と黒』
1
騒がしい。でも、そんな騒がしさに懐かしさも感じる。
俺はつい昨日まで、別の世界にいた。泡沫世界、と呼ばれる場所らしい。色彩のない白黒の世界で、彷徨い、仲間と出会い、そしてこの世界に帰ってくることができた。
本当に帰ってきたのだろうか。色はある。だが周りには砂ばかり。歩いても歩いても砂ばかり。運良く彼ら、通りかかった冒険者に遭遇しなければ餓死してしまっていただろう。死んだら蘇生を受けない限り復活できない、そんな当たり前に絶望しそうになった。
あの世界、モノクロマティカと呼ぶらしい、で共に冒険し、抜け出した仲間たちは周りにいなかった。どこで何をしているんだろう。ティアはキングスフォールに帰れたのだろうか? ヨシュアは……。この世界では目を瞑っても何もわからない。
あの世界を拒否しながら、どこかあの世界に慣れてしまっていたことが、悔しい。悔しくて地面を叩いた……。
「ワッ」という声が聞こえた……。意識が覚醒する。どうやら寝てしまっていたらしい。「疲れてるんだから寝ててもいいよ。見張りは任せて。」という冒険者たちに苦笑いをする。あの世界でついてしまった、すぐ寝てしまうクセも治さなければ……。
この騒がしい冒険者たちが向かっているのは、彼らに言わせれば「夢のような街」らしい。また夢か……とは思ったが砂漠で死にかけているところを拾ってもらったのだ。文句を言わずに着いていくしかない。
残念ながら、俺は戦闘ができない。武器を振る勇気も力もないし、魔法もわからない。モノクロマティカでは夢を見て仲間をサポートしていたが、それすらできない。飯を食うだけの俺を救い、街まで届けてくれるというのだ。こんなにありがたい話はない。
街に着いたら何か仕事を見つけないとな……。また眠りそうになりながら、揺れる馬車(と言っても曳いているのはダウレスだ)の中でそんなことを考えていた。
2
街というには、その街は騒がしすぎた。音だけではない。とにかく全てが「騒がしい」街だ。少なくとも俺はこんなに騒がしいところを知らなかった。
空には極彩色のオーロラ。思わず「”穢土”みたいだ……」と声に出してしまい、冒険者たちに訝しまれてしまった。
街中がカジノの街、蜃夢都市ヴェスラーガは確かに夢の街、秘密の花園だった。何よりありがたいのが宿泊や食事が無料ということだ。疑ったが、連れてきてくれた冒険者たちが持っていた紹介状の代わりというチップに1万ガメルの価値があると聞いて納得した……というより理解を諦めた。規格外だ。
とりあえず、働かなくていいらしい。ここまで連れてきてくれた冒険者たちは気前よく500ガメル分のチップをくれた。これを元手にどうにかするか……と一瞬だけ思ったが、カジノは無理だ。
俺には特別なスキルはないし、何より運が悪い。なんてったって自分の畑で食べていたパンを落として、それを追って行ったら洞窟に落ちて、そこが何らかの遺跡で気がついたらモノクロマティカにいたのだ。モノクロマティカの仲間たちは冒険者で、遺跡探索をしていてとか、敵や事件を追っていて、らしい。恥ずかしくて自分がモノクロマティカに来た理由は言えなかった。
働らかなくていい街に働き口はない。ここで働いているのはほとんどが見目麗しい女性たちだ。おっさんが際どい服を着て兎耳をつけて働くのは厳しい。
この街では働かなくても衣食住に困ることはない。しかし、ずっとヴェスラーガにいてはモノクロマティカを出た理由がわからなくなってしまう……。なんとかしなければ。
3
ヴェスラーガに来て何日が経っただろうか。昼夜のないこの街では時間の感覚がおかしくなる。
夢を見た。モノクロマティカの夢だ。ただの自分の夢のはずだが、いつかどこかで起きていることな気がしてならないのは、あの世界でついてしまった悪いクセだろう。
夢では、かつての仲間が1人、モノクロマティカを彷徨っていた。
4
結局、ヴェスラーガでは一度の賭けをすることもなく過ごした。やったことは散歩と睡眠と、フォレストコングが管理する図書館で本を読むことくらいだ。
なんでフォレストコングが図書館を管理しているのかは全くわからなかった。詳しそうな人によれば、何らかの事情で人が姿を変えているらしい。どういうことなんだ。
500ガメルあればオーレルム地方の他の街まで案内して貰えると知って、無法都市ヒューマへ向かうことにした。
ヒューマへ行けばどこの馬とも知らない奴でも働けるらしい。そしてキングスフォールへ行ける鉄道もあるらしい。
まずはヒューマで職を見つけ、キングスフォールを目指す。そしてティアと再開する。
そう決めた俺は、今度こそ「何かを成し遂げたかった」未練を晴らすための一歩を踏み出した。
解説
作中で幾度か言及される「ティア」が主人公となる小説『青と白と黒』が同人小説集『放浪神の栞 ロクの冒険』に収録されています。
こちらはサプリメント『エンシェントブルー』の舞台である七王群島での冒険を描いています。
ヴェスラーガについて
蜃夢都市ヴェスラーガは公式小説『アルフレイム見聞録』に登場する街です。
フォレストコングが図書館にいるのも(なぜか)公式設定によるものです。
ぜひ『アルフレイム見聞録』を読んで、ヴェスラーガほか、個性豊かな都市をお楽しみください。
アルフレイム大陸の各地については下記のページで紹介しています。
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